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2013年4月21日日曜日

相馬から北上して・・・・線路のない踏切

 福島県の相馬と聞くと、どうしても原発から何キロ圏内で、住民は避難生活を余儀なくされている「南相馬」を思い浮かべてしまい、画像として甦ってくるのは、人影もなく、商店の看板は風雪で形を崩し、時折吹く風でブルーシートがはためく・・・
 実際には、人の姿もだんだん増えてきてはいるようで、南相馬市の一部の企業は操業を再開していて、ただそれでも「住む」ことは許されてはいなくて、夜は暗闇が広がるようだ。

 
 
 その北にあり、ラーメン屋もドラッグストアもごく普通に営業している相馬市内での仕事を終えて、原発の被害ばかりがクローズアップされるものの、この福島の海岸線も当然津波の被害に遭っているはずだと、復興状況を確認しに海の方に車を走らせる。

 船の残骸や車などがさび付いて山になっているという風景は、もうどこにもないが、そこにあった町の様子をとどめるのは、雑草が生い茂る家屋の基礎部分のコンクリートだけ。
車のナビが「およそ300メートル先を左折してください」と指示するが、その遙か手前からあるはずの道がすっかり無くなっていたり、復旧作業のダンプ専用路になっていたりする。

 ナビが間抜けな声で、「この先、踏切があります。ご注意ください」と発する。
踏切の黄色と黒の縞々模様は見えるのだが、
線路がない。
河原の堤防みたいに土盛りの道が続いていて、脇には
「開通105年 直線日本一」という小さな看板が立っていたりする。


線路はきれいにすっぱり切り取られていて、線路が無いので、当然遮断機もない。
バックには津波の通り道だったのだろう「塩害処理作業地」のぼりだけがぽつんとはためいているが、耕作地になるような気配は見えない荒野がある。
 
なんだか、腕のない案山子のようだ。

 JR常磐線の相馬から浜吉田の間は、ネット検索して地図を見ると、赤い×印が線路の表示の白黒の線の上にホッチキスの針みたいに貼り付けられている。

 その南下する常磐線の現在の所一番南の駅は「浜吉田」
浜吉田の駅の方向を見るとこんな風。

浜吉田駅前にある真新しい石碑。「波来の地」
「大津波がたどり着いた果て、波来(はらい)の地」と刻まれ、
「災いをはらい、復興支援者への敬意をはらい、永久に注意をはらい続けることを願って、ここに刻む」とある。

この日、同じ福島県でも内陸側の東北自動車道の脇の町を通ると、一面桃の花が咲いていた。